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ひとりじゃない

こんな話を、私は聞きたいと思っています。

25歳のとき、最愛の母を自死で亡くしました。
長く躁鬱病に苦しみ、心の痛みに耐えきれず、母は自ら命を終えました。

そして私は、第一発見者として、最後の姿が脳裏に焼き付いたまま、生きてきました。

こうした話を聞くとき、私は

「大変だったね」

と言いたいわけでも、何かを解決したいわけでもありません。

ただ、


「ひとりじゃないんだな」
「どこかに、わかってくれる人がいるんだな」


そう感じられる瞬間を作れないかな。

それだけで、少し呼吸が深くなる。少なくとも私にとって、それが癒しでした。

このストーリーは、特別な誰かの話ではなく、私自身の、本当にあった出來事です。

世の中には、多くの時間とお金をかけて作られた、美しく、完成された映画やドラマがたくさんあります。

でも私にとっては、たった数分でも、飾りのない本当の話のほうが、ずっと神聖で、
心を支えてくれるものです。

だから私は、聞きたい。語られる場所になりたい。

私の自死遺族サポートの場は、自殺という形で大切な人を失った方が、安心して集まり、言葉を交わせる場所です。

人は誰でも、いつか必ず死を迎えます。

その形はさまざまで、私には、どれもがその人なりの物語だと感じられます。

生がこの世への誕生だとしたら、
死は、魂の誕生。


どちらも同じくらい、美しく、尊いもの。
私はそう思っています。

けれど、自死で大切な人を失うと、悲しみだけでは言い表せない感情が、
いくつも重なり合ってしまいます。

病氣で家族を見送った人と
「つらいね」「寂しいね」

と言葉を交わしても、
どこかで、噛み合わない感覚が残ることがあります。

「でも、あなたには、わからないよね。。。」


そんな氣持ちがふと湧いて、それがまた、罪悪感になってしまうことも。

絡まった感情が、どこからほどけばいいのかわからないまま、
固まってしまうこともあるのです。

「向き合わなくてもいい」
「生きているだけで、もう十分」

そう思って、蓋をすることも、きっと自然なこと。

ここは、
無理に前向きにならなくてもいい場所です。
話さなくてもいいし、ただ聞いているだけでもかまいません。

話し相手がいること。
理解しようとしてくれる人がいること。
それだけで、心が少し軽くなることがあります。

この場では、


経験を重ねた心のケアのサポートのもと、
一人ひとりのペースを大切にしています。

グループの中で、言葉を交わしたり、同じ空氣を共有したり。


静かに開かれた場所です。

ひとりで抱えなくてもいい。
無理に元氣にならなくてもいい。

もし、
「ここならいられるかもしれない」
そう感じたら、それだけで、十分です。

ここで出会ったご縁が、
また一歩、生きる力につながっていくことを、
そっと願っています。

対面もしくはオンライン相談 一対一:60分 6000円

オンライングループセッション(2名以上):60分 お一人様4000円

​直接、メールかライン、くださいね。

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